危険な侵入物から体を守る機能「免疫」
ヒトは、日々、呼吸や飲食を通して外部から多くの物質を取り込んでいます。その中には、酸素や栄養分・機能性成分などの有用な物も有れば、逆に、微生物(細菌、カビ、酵母、ウイルス)、寄生虫、花粉などの危険物や異物も含まれています。その異物や危険な侵入物から体を守るための機能、それが免疫です。
前回は、免疫異常の一つであるアレルギー反応について説明しましたので、今回は、その他の免疫異常である自己免疫疾患と免疫不全疾患について説明します。
免疫系が暴走し、自分自身に免疫反応を起こす「自己免疫疾患」
自己免疫疾患とは、自己を非自己とみなし、自分自身に対し免疫反応を引き起こした状態、すなわち、免疫系が正常に機能しなくなり、自分の組織を攻撃してしまう病気のことです。本来は、危険物や異物を認識し排除する免疫系が、自分自身の正常な細胞や組織に対してまで過剰に反応し、攻撃を加えてしまう症状です。つまり、自己免疫疾患とは、免疫系が暴走している状態なのです。
〝正常な免疫反応〟の最初の段階は、危険な侵入物や有害な異物を見つけ出すことです。危険な侵入物や有害な異物とは、細菌、ウイルス、寄生虫、がん細胞などですが、移植された臓器や組織を異物と認識してしまうこともあります。これらの侵入物や異物には、免疫系が認識し、免疫反応を刺激する「抗原」が含まれています。同様に、人の細胞や組織にも「抗原」が含まれています。通常、免疫系は侵入物や異物の抗原に対してだけ反応し、自己の組織の抗原には反応しません。しかし、免疫系が正常に働かず、自己の組織を異物と認識して自己抗体と呼ばれる抗体や免疫細胞を産生し、自己の細胞や組織を攻撃してしまうことがあります。この反応を「自己免疫反応」と呼びます。 なお、正常な状態でも、極少量の自己抗体が作られますが、自己免疫疾患は起こりません。自己抗体が血液中にみられても、必ずしも自己免疫疾患があるということではないのです。
自己免疫疾患を引き起こすトリガー(引きがね)には次のものがあります。
- 正常な細胞や組織の変化: 正常な細胞や組織が、ウイルス、薬剤、日光(紫外線)、放射線などの影響で変化し、それを異物と認識する場合。
- 異物に似た抗原: 人の体にもともと存在する抗原によく似た異物が侵入し、異物と共に人の抗原(細胞や組織)も攻撃する場合。
- 免疫細胞の暴走: 何かの原因で、抗体を産生する免疫細胞が、正常な細胞や組織を攻撃する異常な抗体を産生する場合。
ある人にとって自己免疫疾患のトリガーとなる原因が、必ずしも別の人のトリガーとなる訳ではありません。この原因も不明のままです。
「全身性自己免疫疾患」と「臓器特異的免疫疾患」
自己免疫疾患は、全身に影響が及ぶ「全身性自己免疫疾患」と、特定の臓器だけが影響を受ける「臓器特異的免疫疾患」の 2種類に分けられます。その多くが、厚生労働省特定疾患研究対象疾患、いわゆる「難病」です。症状は、自己免疫疾患の種類や攻撃を受ける臓器によって異なりますが、発症すると、炎症と組織の損傷が起こり、痛み、関節の変形、脱力感、黄疸、かゆみ、呼吸困難、体液貯留(浮腫)、せん妄が現れます。最悪は死に至るケースもあります。また、炎症性腸疾患を除く、多くの自己免疫疾患は、女性に多く見られます。ホルモンが関与しているとの説もありますが、理由は解明されていません。自己免疫疾患の原因は不明のままです。そして、ほとんどは慢性の病気で、生涯にわたって薬(免疫機能抑制剤)で症状をコントロールする必要があります。
自己免疫疾患についての研究例
自己免疫疾患の原因は不明ですが、原因を究明する研究は日々進んでいます。現在では、ある種のウイルスとの関連と遺伝的要因が解明されています。
オーストラリアのクイーンズランド大学医学部のペンダーにより、9割以上の人間が感染しているヘルペスウイルスの一種、エプスタイン・バール・ウイルス(EB ウイルス)による自己免疫疾患発症のメカニズム仮説が提示され、様々な自己免疫疾患と EB ウイルスとの関わりが指摘されています。この仮説に対し、2015 年に、大阪大学微生物病研究所/免疫学フロンティア研究センターの研究グループは、EBウイルスによる自己免疫疾患発症のメカニズムについて報告しました。また、2017年には、鳥取大学医学部医学科分子病理学分野の研究グル ープが、EBウイルスに感染した B細胞からバセドウ病の自己抗体が産生されることを報告しています。
遺伝的な要因としては、2022年 6月に、大阪大学、理化学研究所、日本医療研究開発機構の研究グループにより、複数の免疫疾患(自己免疫疾患、アレルギー疾患)を対象に、横断的な大規模ゲノム解析が、計84万人に対して実施されました。その結果、自己免疫疾患とアレルギー疾患は遺伝学的に大別される一方で、部分的には共通してリスクとなる遺伝子領域が存在していることが報告されました。
代表的な自己免疫疾患は、次の通りです。
- 全身性自己免疫疾患:膠原病(関節リウマチ、全身性エリテマトーデスなど)、抗リン脂質抗体症候群、血管炎症候群など
- 臓器特異的免疫疾患: ギラン・バレー症候群、潰瘍性大腸炎、クーロン病、バセドウ病、橋本病、自己免疫性溶血性貧血、円形脱毛症、習慣性流産など
免疫機能が働かなくなる「免疫不全疾患」
免疫不全とは、免疫機能の一部もしくは全てが働かなくなり、微生物などの危険な侵入物に対し適切な免疫反応を示すことができなくなった状態です。そして、これによって様々な症状や病態が発症した場合を免疫不全症と呼びます。免疫機能が極端に低下したり、働かなくなった状態になるので、感染症にかかりやすくなったり、感染を繰り返したり、長引いたりします。時には感染症の重症化を招きます。
免疫不全疾患患者の約 25%は、自己免疫疾患を併発すると報告されており、場合によっては、免疫不全による症状が発症する前に自己免疫疾患を発症する場合もあります。つまり、免疫機能の低下・消失と免疫機能の暴走という、真逆の症状が現れることもあるのです。
免疫不全疾患は、次のタイプに分類されます。
原発性免疫不全症
先天性免疫不全症とも呼ばれる遺伝性の疾患です。通常は、出生時にみられ、乳児期または小児期に発症が確認されます。一部、成人になるまで気が付かないものもあります。ウイルス性や日和見感染などの感染症や、悪性腫瘍、自己免疫疾患を発症しやすいのが特徴です。
原発性免疫不全症は、免疫系のどの部分に問題があるかによって分類され、100種類を超える病気・症状が報告されています。最も多いのは、B細胞に問題が起きているケースで、約半数を占めると言われています。
原発性免疫不全疾患(症候群)は、厚生労働省特定疾患研究対象疾患、いわゆる「難病」に指定されています。
軽症の場合は、抗菌・抗ウイルス薬の予防的内服や、免疫グロブリン製剤などの投薬治療が主となりますが、重症の場合は骨髄や臍帯血などの造血幹細胞移植や遺伝子治療が必要となります。
続発性免疫不全症
後天性免疫不全症とも呼ばれます。原因は多岐に渡り、長期間に渡る重篤な病気や投薬治療による免疫機能の低下、糖尿病や高血糖などの生活習慣病に伴う白血球の機能不全、悪性腫瘍(白血病やリンパ腫など)による免疫細胞を作る骨髄機能の低下、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染による後天性免疫不全症候群(エイズ)の発症、自己免疫疾患の発症、何らかの原因による免疫因子(機能)の喪失などがあげられます。
また、低栄養(栄養障害)にも気を付けなければなりません。何か一つでも栄養素が不足し、それが長期に渡ると免疫系が十分機能しなくなります。低栄養とは、通常はカロリー の不足と考えられていますが、1つ以上の必須栄養素が不足している状態を指す場合もあります。バランスのとれた食事が推奨される理由の一つです。低栄養・栄養障害により、体重が適正体重の 80 % を下回ると免疫系が正常に働かなくなり、70 % 未満になると重度の機能不全を起こします。過度なダイエットや偏食には十分な注意が必要です。
適正体重計算式 : 「身長(m)× 身長(m)× 22」
高齢者の免疫不全
通常は、続発性免疫不全症の一つとされます。加齢とともに免疫機能が減弱する症状で、「老化現象」とも捉えられますが、昨今では免疫不全疾患の一つとして分類し、研究されています。
主には、加齢と共に、生産されるT細胞などの免疫細胞が少なくなり、免疫機能が低下していく症状を指します。
また、食事の量が減ることにより低栄養の状態となり、免疫機能の低減が起こります。免疫系にとって、カルシウムと亜鉛は重要な栄養素であると言われています。その一方で、高齢者は、カルシウム欠乏症になりやすいと指摘されています。これは、食事量の減少に伴うカルシウム摂取量の減少と、腸管からのカルシウム吸収能の減弱が原因とされています。亜鉛も同様に食事による摂取量の減少が原因とされています。
加えて、加齢と共に出て来る体調不良のため、慢性的に薬剤を摂取される高齢者がほとんどであり、過剰な薬剤摂取による免疫機能の減弱が指摘されています。食事を始めとする様々な生活習慣に注意が必要となります。
最近の研究により、過度なストレス環境下でも同様な免疫機能の減弱が起こることがわかっています。今後は、加齢とストレスが免疫機能に与える影響についても研究が進んで行くと考えられています。
4) Michael P. Pender:Infection of autoreactive B lymphocytes with EBV, causing chronic autoimmune diseases, Trends in Immunology, 24 (11), 584-8, 2003
5) Michael P. Pender:The essential role of Epstein-Barr virus in the pathogenesis of multiple sclerosis, The Neuroscientist, 17 (4), 351-367. 2011
6) Michael P. Pender:CD8+ T-Cell Deficiency, Epstein-Barr Virus Infection, Vitamin D Deficiency, and Steps to Autoimmunity: A Unifying Hypothesis, Autoimmune Diseases, 2012, Article ID 189096, 16 pages doi:10.1155/2012/189096
7) Takeharu Minamitani, et al :Evasion of affinity-based selection in germinal centers by Epstein–Barr virus LMP2A, Proc Natl Acad Sci USA, 2015 Sep 15, 112 (37) , 11612–11617, 2015
8) Keiko Nagata, et al :Epstein–Barr Virus Lytic Reactivation Activates B Cells Polyclonally and Induces Activation-Induced Cytidine Deaminase Expression: A Mechanism Underlying Autoimmunity and Its Contribution to Graves’ Disease, Viral Immunool, 30 (3), 240-249, 2017
9) 自己免疫疾患とアレルギー疾患に共通した遺伝子特徴を明らかに-複数の免疫疾患を横断的に検討したゲノム解析-:大阪大学、理化学研究所、日本医療研究開発機構(2022年6月27日付プレスリリース)https://www.amed.go.jp/news/release_20220627-01.html
Shirai Y, et al : Multi-trait and cross-population genome-wide association studies across autoimmune and allergic diseases identify shared and distinct genetic component, Ann Rheum Dis 2022;0:1-12. Doi:10.1136/annrheumdis-2022-222460
https://ard.bmj.com/content/annrheumdis/early/2022/06/23/annrheumdis-2022-222460.full.pdf
11) 免疫不全症 時事メディカル
12) 原発性免疫不全症候群(指定難病65) 難病情報センター
13) 適正体重 日本医師会 : https://www.med.or.jp/forest/health/eat/11.html
14) 内藤篤彦:免疫系の老化と慢性炎症、血栓止血誌, 26 (3), 297-301, 2015