原 題 : 『Method for estimating disease risk from microbiome data using structural equation modeling』
(和訳) 構造方程式モデリングを用いた腸内細菌叢データからの疾病リスク推定法
著 者 : Hidetaka Tokuno, Hiroaki Masuyama, Yoshimi Benno, et al
掲 載 誌 : Frontiers in Microbiology 2023(14) (26 January 2023) ,doi.org/10.3389/fmicb.2023.1035002
腸内細菌叢組成データから疾病リスクの推定手法を開発
シンバイオシス・ソリューションズ(株)の徳野氏らと一般財団法人辨野腸内フローラ研究所の辨野氏のグループは、日本人の腸内細菌叢データベースを基に、腸内細菌叢の組成データから疾病のリスクを推定するための手法を研究し、開発するに至りました。
この研究には、国立研究開発法人理化学研究所の旧辨野特別研究室が収集した便検体とアンケートデータを用い、一般社団法人日本農業フロンティア開発機構によって、便検体から抽出された腸内細菌DNA の解析が行われ作成された腸内細菌叢データベースが用いられました。
近年の次世代シークエンス技術の発展により、遺伝子解析による腸内細菌叢の研究が進み、多くの腸内細菌が明らかになると共に、腸内細菌と疾病の関係も多数報告されています。特に、腸内細菌叢と疾病の関連性については、消化管疾患、アレルギー、自己免疫疾患、生活習慣病(肥満、糖尿病など)、がん、神経・精神疾患と多岐に渡り報告されています。そして、腸内細菌を指標とした疾病の検出法や評価法の開発が研究されてきました。
しかしながら、多種多様な腸内細菌が相互作用しながら棲息している複雑な生態系である腸内細菌叢と疾病の関連性の全体像をとらえ、高い精度と再現性で疾病リスクを推定できる方法の確立には至っていません。
本研究では、構造方程式モデリングの手法を用いて、腸内細菌叢と疾病の関連性を分析し、疾病リスクを確率値として算出する画期的な手法を開発するに至っています。構造方程式モデリングとは、複数の観測値から、それらが共通に持つ性質を因子として抽出する解析と、抽出された因子間の関係性を推定する解析を同時に行う統計的手法です。
本研究では、同様な生理作用を持つ複数の腸内細菌によって構成される腸内細菌叢因子を設定し、この腸内細菌叢因子と疾病の関連性を分析することで、疾病リスクを確率値として算出する手法を開発するに至っています。
研究内容
アトピー罹患者と健康者の腸内細菌叢を特徴づける菌属を特定
具体的な研究内容は次の通りです。研究チームは、アトピー性皮膚炎のみに罹患している日本人女性(以下、AS)45名と、健康な日本人女性(以下、NC)321名の腸内細菌叢の組成データから、特定項目への影響量を解析することにより、アトピー性皮膚炎罹患者(AS)と健康者(NC)を特徴づける菌属を分類しました。その結果、ASに特徴的な 5群(Erysipelatoclostridium, Coprobacter, Butyricimonas, Alistipes, Oscillibacter)と、NCに特徴的な 4群(Fusicatenibacter, Streptococcus, Agathobacter, Ruminococcaceae, UCG-005)を特定しました。
腸内細菌叢とアトピー性皮膚炎の関係を表す構造方程式モデルを構築
次に研究チームは、先に特定した菌属の中から、アトピー性皮膚炎(以下、アトピーと略)と関連のある6つの菌属の占有率データを観測変数として、2つの腸内細菌叢因子で構成された構造方程式モデルを構築しました。
一つは、AS側の効果を示す群として、体内における炎症反応の亢進に関与することが報告されている 3菌属(Alistipes, Butyricimonas, Coprobacter)で、アトピーの発症・増悪に関係すると仮定された因子(lv1)。もう一つは、NC側の効果を示す群として、体内における炎症反応の抑制に関与していることが報告されている 3菌属(Agathobacter, Fusicatenibacter, Streptococcus)で、アトピーの抑制と緩和に関係すると仮定された因子(lv2)です。
その結果、lv1 と lv2 の各因子間の相関の大きさ、各因子の上昇に伴う各菌属の占有率の上昇程度、各因子からアトピー変数への影響の大きさと方向性の3項目についての適合度指数からモデル化ができ、構造方程式モデルの構築が出来たと報告しています。
アトピー性皮膚炎と関係する腸内細菌叢因子を調査
さらに、研究チームはこれら二つの腸内細菌叢因子の因子得点がアトピー罹患者と非罹患者でどのような値を示すか調べました。
その結果、lv1 の値は、アトピーのみに罹患しているAS群において、NC(健康者)群やアトピー以外の疾患に罹患している患者(OD)群に比べて有意に高い値を示しましたが、アトピーに加えて他の疾患にも罹患している患者(AM)群では有意に高い値を示しませんでした。
一方、lv2 の値は、AS群とAM群において、NC群及びOD群に比べて有意に低い値を示しました。これらの結果より、アトピーの発症・増悪に関係する因子 lv1 は、他の疾患に関連する腸内細菌叢の変動による影響も受け、アトピーとの関連性が捉えにくくなる可能性があること。逆に、アトピーの抑制と緩和に関係する因子 lv2 は、他の疾患と関連する腸内細菌叢の変動による影響を受けず、ある程度安定してアトピーとの関連性を捉えることが出来ると考えました。
アトピー罹患状況が未知の被験者に関して、同様な傾向を示すかを確認
最後に研究チームは、アトピー罹患状況が未知の被験者(新規被験者)に関し、先の因子得点と同様な傾向を示すかを確認しました。すなわち、新規被験者のlv2 因子得点の推定値を算出し、その値を予め収集した被験者の腸内細菌叢の組成データから算出された lv2 因子得点に当てはめて疾病リスクを推定しました。
あわせて、lv1 のみによるモデルからの推定と、lv1・lv2 の両因子によるモデルからの推定も行い、ROC分析により精度の比較も実施しました。ROC分析は判定結果の精度を計るための分析手法です。その結果、lv2 のみによる推定の精度が最も高く、lv1 のみによる推定の精度が最も低く、両因子によるものは lv2 のみによるものに劣ることがわかりました。
腸内細菌叢とアトピーとの関係を複合的に捉えることが可能に
著者らは、本研究で構築した構造方程式モデルは、腸内細菌叢とアトピーとの関係を複合的に捉えることを可能にしたと結論付けています。
また、腸内細菌はある疾病に対してその要因(正の相関)となる作用と、当該疾患を抑制する因子(負の相関)となる作用を及ぼし得ると考えられ、この構造方程式モデルは、その相反する因子を包括的に構造化している。本研究で開発した手法は、腸内細菌叢のバランスの乱れ(dysbiosis)と疾患の関連性の全体像をモデル化できる可能性を示したとも述べています。
なお、本論文のプレスリリースでは、当該手法を用いて、男性の心筋梗塞と女性の認知症の疾病リスク推定値を算出した結果も掲載しており、男性の心筋梗塞の有無の約65%が、女性の認知症の有無の約79%が本モデルで推定できるとしています。
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「腸内細菌叢の組成データから疾病のリスクを推定するための手法を開発」: シンバイオシス・ソリューションズ株式会社 プレスリリース(2023年1月27日) https://www.symbiosis-solutions.co.jp/news/news-030/